2005年01月12日
家族なら分かり合える?
「家族がいてもいなくても『一人で生きる』力をつけること。それは、今ある自分を長所も短所も含めてこれでOK、と肯定するところからしか築けない。ありのままの自分を引き受けられて初めて、足りない部分を人に教えて、助けて、と言える力がもてるのです。その力がどんな時代も生き抜いてゆく希望につながるのだと思います」これは、クロワッサン2004年9月25日号「女の新聞 介護116」の記事で、安田女子大学教授の春日キスヨさんの言葉です。これは、これから介護を受ける可能性のあるいわば介護予備軍(つまり僕も含まれるわけですが)へ向けてのはなしです。
この前段で、女性の方が介護を必要とする場面が増えるのは、平均寿命から見て多くなるけれども、そのときにお金の問題(年金の格差)がのしかかってくることを述べられたあと、もう一つ、家族の関係の力が浮き彫りになる、ということを述べられています。
年金の問題も深刻ですが、家族関係のほうも見逃すわけには行きません。
春日さんは「家族なら分かり合える、という幻想や神話をまず手放して。他の全ての人間関係と同様、家族の関係も努力して大切に育ててゆくものなのです」ともいわれています。
家族関係は根があるものですから、どうすればというのは一概には言えません。個々の人間の持っている力を総動員して対応していくことなのでしょう。
「一人で生きる」力とは、孤立して孤独の中でも生きていく「力」という意味ではなく、関係を力にしていく「力」なのでしょうね。
この前段で、女性の方が介護を必要とする場面が増えるのは、平均寿命から見て多くなるけれども、そのときにお金の問題(年金の格差)がのしかかってくることを述べられたあと、もう一つ、家族の関係の力が浮き彫りになる、ということを述べられています。
年金の問題も深刻ですが、家族関係のほうも見逃すわけには行きません。
春日さんは「家族なら分かり合える、という幻想や神話をまず手放して。他の全ての人間関係と同様、家族の関係も努力して大切に育ててゆくものなのです」ともいわれています。
家族関係は根があるものですから、どうすればというのは一概には言えません。個々の人間の持っている力を総動員して対応していくことなのでしょう。
「一人で生きる」力とは、孤立して孤独の中でも生きていく「力」という意味ではなく、関係を力にしていく「力」なのでしょうね。



